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変わらないことへの安心感・変わることへの期待感 [ゲーム全般]

先日のTGS2010から帰って来て、色々考えました。


展示されていたゲームは多種多彩、
各社が自信を持ってお披露目しているモノばかりでした。

で、実際の数は勘定していないんですけど、
『○○2』とか『○○3』とか『新○○』といった
いわゆる“続編もの”が多いんですよね。

“続編”、それ自体は大いに結構なことだと思います、個人的には。

ただ、それらの作品のパンフレットなどを見ると、
「新たに○○システム搭載!」「ゲームシステム刷新」なんていう
ユーザーの興味を惹くコピーが紙面に踊っているわけです。

ほぼ間違いなく、続編には何らかの新しい要素が入っているんですね。


続編が作られるということは、
前作がユーザーの支持を受け、ヒットしたからのはず。

にもかかわらず、メーカー側は、その続編を制作する際、
何かしらの手を加えようとします。

もちろん、前作の良い部分をバッチリ踏襲し、
それをパワーアップした作品も多いですが、
中には、パワーダウンしたと思しき作品もあるわけです。

ゲーム業界ではすっかり当たり前となった、このことについて、
改めて、「こりゃ、どうしてなんだろう?」と考えました。

すると、即座に一つのフレーズが頭に浮かびました。

「前作と同じことやってたら、ユーザーに飽きられて売れない」
という定番のコレ。


でも、ホントにそうなのでしょうか?


もちろん、タイトル毎の前作と続編の正確な販売本数のデータが無いままで、
これを書いています。

が、メーカーサイドは、病的なほど「新しい要素導入」に固執し、
「前作と同じに遊べる」という安心感を忘れ気味じゃないのかな、と。


で、ここで思い出したのが『寅さん』。

他にも『ドラえもん』や『サザエさん』も当てはまりますね。

これらの映画やアニメ(漫画)は、
基本的に登場人物やストーリー展開が、毎回一緒なんですよね。

にもかかわらず、『男はつらいよ』は50本近くが制作され、
『ドラえもん』と『サザエさん』は今でも放送が続いています。

悪く言えば「ワンパターン」「マンネリ」であるはずのこれらの作品が
なぜ多くの人に永く愛されているのか。

『ドラえもん』を例に出せば、
「未来の道具を借りて、のび太は調子に乗って暴走してるけど、
 最後には手痛いシッペ返しをくらうぞ。ほら、やっぱり」とか、
「未来の道具をのび太から取り上げた
 ジャイアンとスネ夫が調子に乗って暴走してるけど、
 最後には手痛いシッペ返しをくらうぞ。ほら、やっぱり」みたいな。

バリエーションこそあっても、大筋の展開は同じですよね。

なのに、飽きられない。

私はそこに「変わらないことへの安心感」があると思っています。

「変わらないことへの安心感」とは、つまり「軸がブレていない」ということ。

中心となる軸だけはしっかりと固定し、
あとの枝葉となる部分を変えることで客を飽きさせない作り。

定番といわれる作品の面白さと凄さは、そこにあると思いました。


前作から大きく変えて、ユーザーを驚かせる仕掛けも結構ですが、
既存の客に拒絶されては本末転倒だと思います。

ゲームに限っては、常にそのへんの危うさがあるような気がしてなりません。